1. 花粉の数はどう決まる?

-花粉数制御遺伝子の探索-

「花粉」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?花粉症でつらい人には花粉なんて存在しない方がいいと思うかもしれません。しかし花粉は植物が子孫を残すために必須の細胞であり、植物が遠くに移動できる数少ない手段でもあります。また、普段私たちが食べている穀物は花粉と胚のうが受精してできた種子を食べているため、花粉は私たちの生活に欠かせない存在ともいえます。このように花粉数を研究することは植物学や農学などさまざまな視点から、重要で面白いテーマです。
私は花粉の数がどのような遺伝子ネットワークによって決められているのかについて興味を持って研究を行ってきました。私たちの研究によって世界で初めて花粉数を制御する遺伝子RDP1を明らかにし、ゲノム編集によりRDP1を壊した変異体は花粉数が半減することを明らかにしました。最近では世界3大穀物のコムギの花粉にも興味をもって研究を行っているなど、最先端の分子生物学的手法を使って花粉数を制御するメカニズムの解明を目指し、応用展開を視野に入れた研究を進めています。

花粉計測の様子。植物(ここではコムギ)を準備して葯(おしべ)を取り出し、まずは実体顕微鏡で写真を撮ります(葯の長さを画像解析で計測します)。その後セルカウンターで花粉数を計測します。この方法では1サンプルの計測を5分程度で、2万粒以上の花粉を計測できるため、従来法と比べて花粉計測の効率が飛躍的に上がりました。

2. 無花粉スギの原因は?

-無花粉スギ原因遺伝子の特定-

スギは日本において最も重要な木材資源である一方で、スギ花粉は最も重大な花粉症の原因でもあります。スギの木材資源を確保しつつスギ花粉症に対処する手段として、新規に植林するスギを無花粉スギに置き換えることは効果的な方策です。効率的な無花粉スギの生産のためには無花粉スギの原因を特定する必要があります。また、無花粉スギはなぜ無花粉スギになるのか?という純粋な興味もあり研究を進めました。無花粉スギの原因遺伝子座MS4(Male sterility 4)のゲノム領域を探索し、その中からスギ雄花で発現する遺伝子を調べたところ、シロイヌナズナおよびイネで花粉発達に必須の遺伝子であるTKPR1(TETRAKETIDE α-PYRONE REDUCTASE 1) が含まれていることがわかりました。そこでCjTKPR1遺伝子の野生型と変異型のアミノ酸配列を比較したところ、わずか1塩基置換(T244C)に起因する1アミノ酸置換のみが検出されました。この1塩基置換変異が無花粉スギMS4の原因変異であるかを明らかにする目的で、無花粉のシロイヌナズナTKPR1変異体にCjTKPR1の野生型配列もしくは1塩基置換配列を導入し、花粉生産が補完されるかを解析した。その結果、CjTKPR1の野生型配列を導入した個体では花粉生産が回復した一方で、1塩基置換配列を導入した個体は無花粉のままであったことから、CjTKPR1の1塩基置換が無花粉スギMS4の原因変異であることがわかりました。

スギは100億塩基以上の巨大ゲノムを持ちますが、本研究により無花粉スギの原因がDNAのわずか1塩基の違いであることを特定しました。これは例えるなら東京ドーム3.5個の中に野球ボールを一杯に満たして、その中からたった1つの正解のボールを探し当てたようなものです。

スギ花粉は日本で最も深刻な花粉症の原因であり、花粉症患者は年々増加していると報告されています。本研究で1塩基の違いが無花粉スギになることを明らかにしたことは、今後無花粉スギの効率的な選抜・育種に貢献できると考えられます。また、近年様々な分野で盛んにゲノム編集が行われていますが、本研究で無花粉スギの原因遺伝子をピンポイントに特定したことにより、今後ゲノム編集の標的にTKPR1遺伝子を使うことで無花粉スギを迅速・効率的に作出できるようになると考えられます。

シロイヌナズナを使った無花粉スギ原因遺伝子の機能証明実験

正常に花粉を生産するシロイヌナズナ植物体(A)のTKPR1を機能破壊すると無花粉になる(B)。この無花粉のシロイヌナズナにスギTKPR1の正常型配列を入れた時には花粉の生産が復帰する(C)一方で、1塩基のみを無花粉型に変えたスギTKPR1配列を入れた場合は花粉生産が回復しなかった(D)。

これらのことから、MS4の無花粉の原因はスギTKPR1遺伝子の1塩基の違い(1塩基置換)であることが明らかになりました。

3. 新規技術開発への取り組み

植物の生殖形質に関わる遺伝子の探索の他にも新規技術開発にも積極的に取り組んでおり、プロトコル本や解説記事の執筆、国際特許の取得などを行っています。

DNA1塩基の違いを効率的に検出できる"PRIMA法"の開発

近年のゲノム編集法の発達により、標的DNA配列特異的に変異を導入することが容易になりました。ゲノム編集によってDNA2本鎖切断が生じ、非相同末端結合によって修復されたDNA配列の多くは、1塩基挿入もしくは1塩基欠失の変異(1-bp indel)を生じます。1-bp indelは遺伝子機能破壊変異体を作製する上では望ましい変異ですが、DNAの1塩基差を見分けるには高いコストや特殊な試薬などが必要でした。Heteroduplex mobility assay(HMA)は、野生型と変異型のDNA断片をハイブリさせたヘテロ2本鎖DNAの移動度が変わることでわずかな塩基差を区別できる方法で、迅速・簡便に結果が得られる利点があるが、1塩基差を見分けることは困難でした。私たちはHMAにプローブを導入することで、安価に安定してDNA1塩基差を判別することができるPRIMA(Probe-induced HMA)法を開発しました。

効率的な花粉数計測法の開発

花粉数の計測は従来、顕微鏡下で花粉を観察し手動で計測していましたが、1サンプルあたり17分程度かかる上に200粒程度の花粉しか計測できず花粉数研究を進める上で障壁となっていました。そこで私たちはセルカウンター(細胞自動計測器)を採用することで1サンプルあたり5分に以内に2万粒以上の花粉を計測できる手法を開発しました。これは従来法と比較して3倍以上速く、100倍以上の花粉を数えることができる手法となります。この花粉数計測法はシロイヌナズナ、スギ、コムギ、トレニアなど多様な植物種で適用できることを確認しており、今後セルカウンターを用いることで幅広い植物種の花粉研究を加速させることが期待できます。

定量的相補実験の実証

量的遺伝子の解析の大きな障害として、通常の形質転換では、挿入配列の位置により発現量や表現型がばらつくためアリル効果を実験的に証明しにくいことが問題でした。そこで、ゲノム編集法を拡張して、定量的相補実験(quantitative complementation test)を実現しました。定量的相補実験は、1)花粉の多い系統と少ない系統それぞれのRDP1にゲノム編集を行い、RDP1をヘテロで持つ個体を作出し、2)それぞれのヘテロの個体同士を掛け合わせ、後代を作出し、3)得られた後代から、RDP1の花粉が多いタイプを1コピー持つ個体と花粉が少ないタイプを1コピー持つ個体の花粉数を比較しアリルの効果を検証するというものです。定量的相補実験ではRDP1のゲノム上の位置を変えることなく、コピー数が揃った状態で形質を比較することができます。この解析の結果、アリル間で花粉数の有意な差がみられ、RDP1の野生の対立遺伝子が花粉数を変えるという因果関係を証明できました。